精子提供を受けることを決意するまでのお気持ちや状況は一人一人違いますが、夢が叶うまでの道のりを体験談として書いて頂きました。
これらの体験談を皆さんに共有することで、同じような道を歩もうとしている方々に希望や勇気を与えることができればと思います。
ミラクルベビーのサポートを受けて、双子を妊娠中、現在44才です。
私は昔から自分で決めたことには一直線で目標を達成するタイプでした。大学を卒業して就職した時も同じで、キャリアを重ねて仕事でも成功しようと決めて、男性が多い職場だったので男性に負けてなるものかと、時代もあり根性と努力で必死でした。恋愛もたくさんしてきて結婚も考えてはきましたが、家庭を持つと自分の事だけしているというわけにはいかない事や、妊娠したら仕事を休んでキャリアがストップしてしまうことを心配しました。
なかなか結婚に踏み切れず、結婚前に授かったこともありましたが、出産には至りませんでした。結婚して子供がいなくても独身生活は充実していて、まだ大丈夫だろうと思いながら年を重ねて40歳が近づいた頃、さすがに色々と現実を考えて婚活を始めました。良い人と出会い年齢もお互い重ねていたので妊活をすぐに始めたいという話をしました。相手も同意してくれ日本で病院に行って検査をした頃、やっぱり自然妊娠からチャレンジしたいとパートナーに意見を変えられてしまいました。不妊治療は一人ですることは出来ないので、ショックと、この年齢で自然妊娠はかなり確率が低いことを色々調べて知っていたので、このままでは子供は授かれないことに等しいと感じました。急に意見を変えられたこと、(自然妊娠を望む相手とでは)子供を授かる確率が低いことを考えて、お別れをしました。
そこから海外の精子バンクから凍結精子を輸入してシリンジ法でチャレンジを始めました。選択的シングルマザーの方が、自分のスタンスやライフスタイルには合っていると気が付いたからです。しかし、いくら検査されている健康な精子でも、シリンジ法では自然妊娠にチャレンジしているのと同じ事だと思いましたし、また、5回チャレンジしましたが全く妊娠しなかったので、医療のプロの力を借りないと無理だと実感しました。
そこで、養子縁組を調べましたが、独身では特別養子縁組(戸籍上の正式な親子関係を結ぶ事)は無理だとも知りました。そこで、病院で精子提供を受けられないかと日本で精子バンクを独自で持つ病院にも問い合わせましたが、独身では話も聞いてもらえませんでした。
そんな時、アメリカに住む友人が、卵子提供を受けて旦那さんとの子供を出産したことを知りました。(彼女はかなりの高齢で自己卵では無理だった為です)そうか、私の年齢だと卵子提供も考えないと精子提供だけでは妊娠することはほぼ難しいと、ドナー文化のあるアメリカの友人に教えてもらい現実をさらに知りました。
そこから色々と検索をして、ミラクルベビーのホームページを見つけ、不妊治療の最先端のカリフォルニア州のエージェントさんだと分かり、問い合わせしました。
私のゴールは、子供を授かること、そして元気な子供を産み、これからの未来を一緒に歩んでいくこと。自分の遺伝子だったらもちろん嬉しいのですが、年齢を考えると、そこにこだわっていては無理に近いと現実を知っていたので、卵子と精子のダブルドネーションを最初から依頼しました。
数年前に会社員は辞めて、自分で事業を始めていたので、時間とお金にも余裕があり、子育てする年数を考えても今が最後のチャンスと思い、すぐに契約して動きはじめました。また、自分が当事者になって体験することで、日本とアメリカの医療の違いも体感しました。アメリカは合理的で、最初にすべて検査で調べて、懸念されるものは治療してからコンディションを整えて移植に備えることや、受け身ではいけないこと、質問や違うと思うことは自発的でないとうまく進まないことも体験しました。
石原さんのおかげで、気軽に質問できたり、文化の違いによる感覚の違いを橋渡しして埋めて下さったことも、安心なポイントでした。そして、何度もアメリカに行くことは無理なので、日本で出来る検査や治療は日本の病院を探して行いました。このバックアップクリニック探しも、苦労しました。私の住んでいる地方では、日本のスタンダードな不妊治療でさえ良い病院はなく、ましてやアメリカで独身で治療をするというと全く取り合ってもらえませんでした。片道5時間かかりましたが、なんとか遠方ですが検査をしてくれるバックアップクリニックを日本でみつけ、一生懸命通いました。
年齢的な影響で排卵を薬で抑えられず、アメリカでの移植が直前キャンセルに何回かなりショックを受けたこともありました。そんな時も、ドクターは一生懸命考えて薬の量を調整してくれ、なんとか渡米し、2回目の移植で成功しました。
移植は受精卵2個戻しの双子と決めていました。何度も妊娠することは年齢的に負担なので、一度で兄弟姉妹をと考えたからです。今は男の子と女の子の二卵性双子を妊娠することができ、4か月目に入りました。双子なので気を遣うことも多いですが、PGTAをパスした染色体異常のない胚盤胞を移植しているので、少し安心です。(おかげさまで、妊娠初期の出血もなく、つわりもほぼなく、元気なマタニティーライフを過ごせています)
日本では流産を2回しないとPGTAできないこと、PGTAの時点で性別は教えてくれないのである程度育つまで性別が分からないのですが、アメリカだと、1回目からPGTAが可能で、染色体異常のない正常胚盤胞を移植できること、PGTAをパスした胚盤胞の性別を教えてもらえること。この点は魅力でした。
最後に、私が今回の体験を通じて感じたこと。
・悩まず、まずは行動すると道は開けること。
・最先端の医療のサポートを受けたとしても、妊娠するには一日でも早い方が確率が上がる事(私の場合、ホルモン値が年齢を重ねるごとに悪くなり苦労しました)
・自分を信じて諦めないこと
・信頼できる人とチームを組むこと
わたしは、ミラクルベビーを選んで石原さんを頼ってよかったと思います。アメリカ滞在中は、移動や言葉など不安な事も多いですが、送迎をしてくれたり、日本食を売っているスーパーを教えてくれたり、滞在するホテルも治安の安心さなどを考慮して教えてくれます。移植のサポートだけではない細やかな点も、ミラクルベビーを選ぶ安心と利点の一つだと思います。
私個人的には、英語が上達したいと思っていたので、生きた実際の英語で会話しながら言語留学的な側面を体験できたことも、今回のアメリカでの移植の魅力の一つでした。
この私の体験談があなたの背中を押し、未来が素敵なものに変わるお手伝いが出来れば嬉しいです。
35歳の頃、母からこんな言葉をかけられました。
「結婚しなくてもいいから、子どもだけでもいた方がいいんじゃない?」
当時の私は結婚にまったく興味がなく、毎日仕事をして、休日は両親や友人と旅行に出かけるような生活を楽しんでいました。一緒に人生を歩んでいきたいと思えるパートナーもいませんでしたし、「結婚したい」という気持ちもありませんでした。
そんな私を見て、両親、特に母は「せめて子どもだけでも授かってほしい」と思っていたようです。
母の言葉が心に残り、何気なくインターネットで「シングルマザーになる方法」と検索してみました。そこで最初にたどり着いたのが、海外の精子バンク「クリオス」でした。シリンジを購入してセルフで挑戦しましたが、うまくいかず、「やっぱり一人で進めるのは難しい」と感じました。
そこで再び情報を探していると、「ミラクルベビー」のサイトを見つけました。母と一緒に説明会へ参加し、そこで石原さんと出会いました。
石原さんは、私が抱えていた疑問や小さな不安にも一つひとつ丁寧に耳を傾け、納得できるまで説明してくださいました。その誠実な対応に、「この人になら安心してお任せできる」と感じ、精子提供の同意書にサインをしました。そこからは、とてもスムーズに準備が進んでいきました。
治療では採卵からスタートしましたが、私はもともとAMHが低く、採卵をしてPGT-Aまで進められた胚盤胞の数は、期待していたよりも少ない結果でした。それでも無事に胚移植まで進めたことは、とても大きな一歩でした。
しかし、1回目の胚移植は着床せず、不成功に終わりました。あの時の喪失感や悲しさは、今でも忘れられません。
それでも、もう一度挑戦しようと思えたのは、石原さんの支えと、Dr. GhadirとのZoom面談があったからです。「次の移植ではこうしていきましょう」と具体的なアドバイスをいただき、不安よりも前向きな気持ちで次の治療に臨むことができました。
そして迎えた2回目の胚移植。無事に着床し、妊娠することができました。今妊娠10週目を迎え、先日無事にDr.Ghadirの治療を卒業することができました。「おめでとう!」とドクターに言ってもらえ、本当に言葉にならないほど嬉しかったです。
石原さんと出会ってから約1年。この間、アメリカ滞在中も本当にたくさん支えていただきました。HRCクリニックへの通院に同行してくださったり、買い物を手伝ってくださったり、時にはランチに連れて行ってくださって、治療の合間にほっと一息つける時間まで作ってくださいました。不安でいっぱいだった私がここまで来られたのは、石原さんをはじめ、Dr. Ghadir、そして関わってくださった皆さまのおかげです。
「結婚はしなくても、子どもを持ちたい」という私の願いを、一つひとつ現実へと導いてくださったことに心から感謝しています。本当にありがとうございました。
石原さん、その節はお世話になりました。出産を2か月後に控えドキドキと嬉しさとの気持ちが入り混じって毎日過ごしています。お世話になったお礼が何ができるかなと考えていましたが、私が体験談を書くことで、同じような境遇の方が勇気をもって精子提供を受けて子供が授かれるようお役に立てればと思っています。
私は20代後半からずっと子供が欲しかったのですがまだ収入もあまりなかったし「自分がまず独り立ちができてからだなあ」と人生設計というと大げさですが、おぼろげに35歳までには結婚し子供が持てるようにという自分なりのプランを立てていました。私の親は離婚していて母が一人で私たち姉妹を育ててくれたので、私が一人で子供を産んで育てるということも母は応援してくれていました。「私が元気なうちやで~、手伝えるのは」とよく言われていました。30代だと自分は若い気でいても、親が倒れるとこの試みが終わる。妊娠して出産するのにも時間はかかるわけだし急いだ方がいいと思いました。というわけで結局独身で精子提供を受けて母になる決断をしました。
精子を個人で提供している人もいるけれど、やはり不気味で連絡する気にはなれませんでした。無料だから、手軽だからということよりやはり病気が心配でした。頑張って稼いだお金はアメリカに渡ってきちんとした医療のために、自分の気に入った精子ドナーのために使いたいと思いました。その思いが成果を出せたので本当に良かったです。
初回渡米では、ドクターに子宮にポリープがあると言われました。画像では恥ずかしいくらい大きな?ポリープに見えました(笑)そんな簡単には前へ進めないものだなあと思ったのですが、後日日本ではすんなりドクターがポリープをとってくれて悪性ではないこともわかってほっとしました。あと、アメリカで受けた検査で私に遺伝子病の保因があるということがわかったんです。なので精子ドナーは同じ病気の保因者でないことがわかっている人を選ばなければならないということで、選択肢がちょっと狭まりました。でも最終的にとてもかわいらしい子供のころの笑顔の写真がとても気に入って精子ドナーを決定しました。今からどんな顔で生まれてくるのやら楽しみです。
採卵の時には、私は卵子がとても多く育ちやすいので、ドクターが薬の量を少なめにしてくださったと聞きました。石原さんが「薬代にかかるお金も随分節約できているね!」とおっしゃっていましたが、私の2倍以上の量の薬を打つ方もいらっしゃるとか。採卵をする前はとても怖かったのですが終わってみると「こんなもん?」って感じでした。全身麻酔をかけると知らない間に終わっているので楽ですが不思議な感じでした。ドクターの口から採卵数が「フィフティーン エッグス!グッジョブ!」って聞いた時には「やった~~!!」うれしくてすごく感動したのを覚えています。ドクターが神様に見えましたね。
移植は1個入れるか2個入れるかという選択があったのですが、やはり双子のリスクを色々記事で読んでいると怖くなり、1個にしました。性別も受精卵のときからわかると聞いてびっくりでした。全部が男の子ということも考えられたわけですが、たまたま希望していた女の子だったので運がよかったです。
一度渡米をしてしまえば、そのあとは石原さんが「次は○○をいついつまでにしてくださいね~」とレールを引いてくれるので、ただひたすらそれに沿って進んでいくだけです。だから踏み出してしまえばその方が進もうかどうしようかと悩んでいる時よりも「進んでいる感」がある故、気持ちが楽って感じです。最初の渡米から5か月後には自分が妊娠しているなんて夢にも思っていなかったと思います。何度かトライするんだろうなと思っていたので1度で妊娠できたこと、とてもスムーズに進めたことにとても感謝しています。ドクターやクリニックのみなさんにもお世話になりました。出産できたらまたご報告しますね。
40歳手前の転職で時間にゆとりができるようになった時に「子供を産むなら今しかない」と考えるようになりました。ただ私は未婚でパートナーもいないため、日本では特別養子縁組に登録することはできません。海外でできないかといろいろと探して、アメリカのミラクルベビーのホームページを見つけました。
ミラクルベビーが提携しているアメリカのクリニックはビバリーヒルズにある綺麗なビルの中に入っています。検査も多くシビアですが、相談にのってくれたり、可能であればすぐに確認してくれます。おかげでクリニックに対して不安を持つことはありませんでした。
体外受精のことは右も左もわかりませんでしたが、エージェントの石原さんからいろいろと教えてもらい、着床前診断も含めて自己卵での体外受精を試みました。
排卵誘発で採卵したのですが、採卵できたのは 5 個、その内受精して胚盤胞になったのは 4 個、着床前診断で正常な受精卵だったのはわずか 1 個でした。それでも期待を込めてお腹に戻して日本に戻り、ドキドキしながら妊娠判定をまちました。結果は着床せず。。。
妊娠するのは容易ではないことを実感して 4 ヶ月後に再度採卵と受精を行いましたが、胚盤胞になった受精卵は前回より減り 2 個で、両方とも着床前診断で正常ではなかったのでお腹に戻すこともできませんでした。高齢ということもありますが、何より今までの不摂生が祟ったのだと後悔しました。
それでも諦めきれず、ドクターや石原さんと相談して自分の卵子ではなく、卵子提供を受けることを決めた時には、ミラクルベビーにエージェントをお願いしてから 1 年が経っていました。
そこからさらに 8 ヶ月、ドナーさんの採卵から着床前診断で 5 個の正常な受精卵をいただき、私のお腹に 1 個移植してもらいました。
無事着床して胎嚢も見えた時には気持ちが明るくなりました。それが 7 週目の検査で、胎芽が見えず当然心拍もなく、9週目には枯死卵(流産)だろうと判断されました。
まさか、、、という気持ちが強く、自分の体では移植しても成長できないのではないかと諦めの気持ちも出てきました。
ただ受精卵はまだ 4 個残っているので、次で最後という思いで、流産手術後 3 ヶ月で合計 4 回目、ドナー卵子では 2 回目の移植をすることにしました。日本で行う検査はパスしたのですが、アメリカに渡ってからの診察で小さな異常が見つかり、問題なければ 7 割くらいの着床率が今のままでは 3 割ほどの確率になるだろうと診断されました。一旦リセットしてイチから移植準備をするか、このまま移植するかを選択しなければならなかったのですが、移植スケジュールもアメリカに滞在できる日数も考えると悩んでいる時間はありませんでした。
石原さんの励ましもあり予定通り移植することに決め、10 日後の妊娠判定を待ちました。何とか陽性反応が出たものの前回のことがあったため、本当に喜べたのはそれから 2 週間以上経って心拍が確認できた時でした。思わず手を組んでホッとしたことを覚えています。
日本のクリニックの先生には「高い子供だねぇ」と言われました。確かに、かかる費用と時間には覚悟が必要です。その点ではよく考え、どこまでできるか、妊娠できなかった場合の引き時も決めておいた方がいいと思います。
それから日本ではクリニックでも産科でも体外受精をしたことについて「まだ若いのに」と言われます。けれど多くの人が不妊治療をしていることを知ってからは、体外受精であっても自己卵ではなくても躊躇わずに行ってよかったと思っています。その結果妊娠して、今は安定期に入って妊婦健診でも順調に大きくなっていることが確認できています。
まだもう少し先ですが、お腹の子に会える時が楽しみです。妊娠前と変わらず仕事をしながらさらに仕事を増やしたりと(子供と生活していくためにも!)、妊婦としてはあまり褒められたことではないですが、それでもできる限り体と心を整えて無事元気に産まれてくることを願いながら生活しています。
こういう前向きな気持ちになれているのもミラクルベビーと出会えたおかげです。石原さんにはアメリカでの送迎、ドクターとの仲介や他の場所での通訳、精子バンクの手配や諸々の手続きを全て取り計らっていただきました。それ以外にもいろいろなことでお世話になりました。おかげでアメリカにいる間困るようなこともなかったので、気を配っていただいたことに本当に感謝しています。数ヶ月後には笑顔で出産報告できますように。。
私たち夫婦は結婚後なかなか子供ができませんでした。まず婦人科という所は訪ねた事がほとんどなかったのですが、何か情報が得られるかもと思い切って行ってみましたら、「まだ若いのだから、半年から1年くらいは頑張ってみたら」と言われました。今から考えればなんとも無駄な時間を過ごしてしまったと思います。
夫が無精子症と分かったのは結婚してからすでに 3 年以上が経過していました。夫との子供がどうしても欲しいと思いましたが、ずっと私からは夫には「精子提供を受けて子を授かる方法」を言い出せませんでした。夫にこの話をしたらどんな表情になるのか想像するとかわいそうで言えませんでした。いつか夫から精子提供のことを言い出してくれるかなと思いましたが、何もないまま時間だけが過ぎていきました。
ある日、私ももうすぐ 40 歳になるし、もう出産が難しくなるのではないかと思い、自分の方が心配になってきました。もう今しかないと思ってある日思い切って夫に精子提供の提案を話してみました。「君がいいのなら僕はいいよ」と夫はぽつりと言ってくれました。二人の人生なのに、簡単には自分の気持ちを打ち明けられなかった苦しさと、夫が同意してくれたこととぐちゃぐちゃな気持ちがそこではちきれてしまって号泣してしまいました。
私たちは日本で精子提供を受けられる条件にはパスしていたのですが、精子ドナーの情報は私たちに渡されるものはほとんど無いということで、それはどうしても嫌でした。アメリカだったら精子バンクというものがあって顔写真や病歴やその人の情報はたくさん見れるようでしたし、医療のレベルは高いと思いましたし、夫が納得した人、気に入った人がいいなと思っていたのでアメリカで精子提供を受けることにしました。
夫の顔立ちや背格好がなんとなく似ている感じの精子ドナーさんがいて、すごく嬉しくなって早速石原さんに購入をお願いしたら、なんとその方の精子残量が少なかったということで本当に間に合ってラッキーだったとのこと。これも何かのご縁だと感謝しました。
採卵は2回しましたが、希望の女の子ができ今年頭に無事出産できました。夫も娘をとてもかわいがってくれています。